訳もなく暴れるとき、子どもの内側で起きていること
2026年06月09日 20:00

YoutubeやFacebookなどの動画でパンダを眺めていると、まるで「人間の幼児」そのものに見えてくることがあります。
自分の好奇心のままに、危険を顧みず行動する姿。高い木に登ったり、遊具の上で大暴れしたり……。そこから落っこちても、ケロッとしています。 自分が欲しいと思ったら、他のパンダが食べているものでもお構いなしに奪いに行き、それが原因でケンカを始めることも。 そんな姿を見ていると、本当に人間の幼い子どもと同じだな、と微笑ましく、ほっこりした気持ちになります。
自分の「身体の置き場所」がないパンダ
そんな動画の中で、ふと気になる姿を見つけました。 それは、一頭のパンダが「一人でジタバタと暴れている」姿です。
見ていると、まるで「自分の身体の置き場所がない」かのように、もがいて動いているのです。 自分が何をしたいのか、どうしたいのか。何に腹が立っているのか、今どんな気持ちなのか……自分自身でもよく分からなくて、衝動的に動いているように見えました。
これを見ていて、私は「人間の幼児にも、全く同じことが起こるな」と感じたのです。
子育ての中で、何もしていないのに急にぐずり出したり、怒ったように暴れ出したりすることがありますよね。子ども自身もどうしたいのか分からず、でもじっとしていられない。そんな瞬間です。
なぜ、訳もなく暴れてしまうのか?
なぜこんなことが起こるのか。その理由は、幼児の「脳や神経系がまだ発達の途中にあるから」です。
私たち大人は、自分が「不快だな」と感じたとき、それを言葉で説明できます。 例えば、身体がムズムズして落ち着かないとき、 「なんだか身体がむずむずして気持ちが悪いな」と言語化できます。
そして、
「身体を少し動かしたら楽になるかな?」
「ゆっくりお風呂に浸かって落ち着けばマシになるかな?」
と、自分で考えて行動することができます。
これを神経系で説明すると、「交感神経(活動モード)」を優位に働かせればいいのか、身体を休めて「副交感神経(リラックスモード)」を優位に働かせればいいのかを、自分でコントロールしているということです。
しかし、幼児はまだ脳も神経系も発達の初期段階にあります。 自分の状態を言葉で説明することもできなければ、神経系を自分で上手に調節(自己調整)することもできません。
だからこそ、自分の中にある言語化できない「不快な感覚」を、泣く、怒る、奇声を発して暴れるといった全身の行動によって、必死に解消しようとしているのです。
「行動の制限」がもたらす、子どもの内面の変化
このとき、もし親が
「うるさいから止めなさい!」
「暴れてはダメ!」
とその行動を力ずくで止めてしまうと、どうなるでしょうか。
子どもは、自分の内側にある不快な感覚を発散できず、自分の身体の中にギュッと押し留めてしまうことになります。
常に行動を止められていると、子どもは自分の身体の感覚を感じられなくなるだけでなく、無意識のうちに次のようなメッセージを自分に刷り込んでしまいます。
・「自分は自分の気持ちを表現してはいけないんだ」
・「自分が悪い子だから、したいようにさせてもらえないんだ」
・「自分は、自分自身であってはいけないんだ」
こうして「本当の自己」が隠されてしまい、心の奥底に罪悪感や劣等感、愛着の問題が生まれていきます。
やがて好奇心も失われていくため、一見すると「親の言うことをよく聞く、手のかからない良い子」に育っていきます。しかし、子どもの考えの表面には決して出てこないものの、内面ではいつも色んな思いが蠢(うごめ)いており、子どもがひと時も心が休まらない日々を送ることになってしまうのです。
大人ができる、いちばん大切なこと
こうした心のすれ違いが起こらないようにするために。 幼児が訳もなく泣いたり、怒ったり、暴れたりしたときは、ぜひ「静かに見守る」ということを意識してみてほしいのです。
びっくりして構いすぎる(コントロールしようとする)必要はありません。かと言って、無視して「放っておく」のとも違います。
怪我をしないように危険だけは遠ざけ、静かに近くで見守る。そして、
「あなたのことを見ているよ」
「ここにいるから大丈夫だよ」
という、安心のサインをただ送ってあげるだけで十分です。
そうすれば子どもは、
「自分に何が起こっても、親は自分をちゃんと見ていてくれる」
という、絶対的な安心感を得ることができます。
この安心感こそが、子どもにとっては最も大切なものです。
ここで培われた安心感が、これからの長い人生を生き抜くための頑丈な「土台」となります。この土台が基盤となって、健全な自己肯定感が育ち、豊かな人間関係を築く力が育まれていくのです。
「人生の基盤は、幼児期の過ごし方の中で出来上がっている」と言っても過言ではありません。
子どもたちが将来、自分の人生を自分らしく、より良く生きていくために。 幼児期の「ジタバタ」を無理に制限せず、温かい目で見守る心の余白を、大人自身も大切に持っていたいものですね。
信暁(2026,6,8)