自分の中を知る2
2025年05月22日 17:50
前回の最後に、「からだの感覚を感じ、からだに刻まれた記憶を呼び覚まし、自分自身を信頼することによって記憶の扉を開け、自分の中を知ってください。」と書きました。このことについて、もう少し詳しく書きたいと思います。
「からだに刻まれた記憶を呼び覚ます」ということは、過去の出来事の記憶を掘り起こすという意味ではないのです。ここでいう「記憶を呼び覚ます」とは、マインドフルネスによりからだに意識を向けることで、過去の出来事が起きたときにからだに残った感覚や、その感覚から湧き上がる感情を「いま・ここ」で感じることです。決して、過去の出来事を思い出すことではないのです。
例えば、前回も例で挙げたように、人間関係で苦しんでいるとします。胸が締め付けられるような苦しさ、胃が重くなるような不安……などの感覚が出てきて、それを感じているとします。その感覚に寄り添っていると、「何か以前も同じような感覚が起こったことがあるみたい」と感じたとします。そのまま感じていると、その感覚に対する過去の出来事の記憶が感情と共に出てくるかもしれません。その記憶が自分に脅威を与えるものでないならば、その過去の出来事に対する記憶の扉は躊躇することなく開かれます。そして、その感覚と感情から、自分の中を知ることができます。
しかし、その過去の出来事の記憶が自分に脅威を与えるものであったならば、話は変わってきます。からだを感じているとき、脅威を感じる記憶(トラウマの記憶)が垣間見えた瞬間、「ヤバい」という感覚と感情が出てきて、その過去の出来事の記憶を無いこととして処理する方向にもっていこうと、無意識にしてしまいます。なぜなら、脅威を感じると凍りつきのような気づきたくない過去の感覚と感情を思い出すからです。だから、出てきた感覚と感情を自分の都合のいいように変換して、自分の一番感じなくてはならない感覚と感情からは遠のいてしまいます。その出てきた感覚と感情は、「そんなにつらい出来事ではなかった」と結論付けてしまう方向に持っていきがちになるからです。
なぜそんなことが起こるのかと言うと、この過去の出来事の記憶を残していると自分が生きられないくらい苦しいからです。だから、その過去の出来事の記憶そのものを、自分の中から消してしまおうとするのです。
しかし、その過去の出来事の記憶を都合の良いように書き換えたり消してしまったとしても、その出来事が起きたときに「からだに刻まれた感覚」までは、書き換えることも消すこともできません。だから、これからも人生の中で生きづらくなるようなことが起こると、そのときの苦しかった感覚と感情が湧き上がってきます。そうやって無意識に出てくる過去の感情に苦しみ続けるのです。それだけこの脅威を感じる過去の出来事の記憶は、生きづらい人生に多大な影響を与えているのです。
だからこそ、この脅威を感じる過去の出来事の記憶にアクセスするためには、「何が出てきても大丈夫」という揺るぎない自分自身への信頼感が大事なのです。それがないと絶対にその過去の出来事の記憶への扉は開きません。なぜなら、その記憶は抹消しなければ生きていけないと思ったほどの出来事だったのですから、その記憶の扉を開けるということは、死ぬかもしれないと思うほどの恐怖を感じることだからなのです。
前回も言ったように、いざ扉を開けようと扉の前まで行くと「本当に開けるの」「この扉を開けたら、今の自分が変わってしまうけどいいの」「今よりもっと苦しくなるから開けない方がいいよ」「どうなっても知らないからね」などの声が聞こえてきます。その声を跳ね返すぐらいの「何が起きても大丈夫」という自分への信頼がないと決して扉は開かないのです。言い換えると、そこまでの覚悟と勇気がないと扉は開かないのです。
ひとたび扉が開いたならば、そこからは、しっかり「いま・ここ」にいながら、からだの感覚をゆっくり感じ、出てくる感情を丁寧に味わっていけばいいのです。
ただ、間違ってはいけないのは、最初に言ったように、その脅威の過去の出来事の記憶を詳しく思い出すのではないということです。感覚や感情を感じていれば、そのうちに過去の出来事の記憶を想起しようとしてしまうことも出てきます。自分の中から消してしまうほどの記憶なのですから、ひとたび出てくると、「あんなことがあって…」「こんなことがあって…」とそのときの年齢に戻って出来事を思い出してしまいがちです。そんなことをすると、そのときの感情に振り回されてフラッシュバックが起こります。そして、再トラウマを引き起こしてしまうことにもなるのです。そうなると、より一層苦しめられることになります。だから、記憶を詳しく思い出すというアプローチは避けたほうがいいのです。
過去の脅威を感じてしまうのは、からだに刻み込まれた感覚が湧き上がってくることが原因なのですから、その感覚を感じて、感情が湧き上がるならその感情を出していくだけでいいのです。想起する過去の出来事の記憶は、自分自身にとって脅威過ぎるため長い年月の間に歪められています。だから、過去の出来事の記憶を想起するのではなく、からだに刻まれた感覚を感じ、感情を出すことだけをするのです。
そして大事なのは、そのときの感覚を「いま・ここ」の場所に持ってくるということです。なぜなら、過去の子どものままでは、その感覚と感情に圧倒されてしまうので、少々のことでも耐え得る今の「大人の自分」として感じて味わう必要があるからです。
こうやって、からだに封じ込めた感覚を感じることを続けていくと、それにより、自分の中に変化が起こっていきます。自己肯定感が少しずつ上がっていき、人間関係での苦しみも段々減っていきます。それによって、自分が成りたいと思っていた自分、苦しいところから解放された自分に出会えるのです。そうなるためにも、自分が何を感じても、自分自身を信頼する心を育て、自分の中を知っていきましょう。
信暁(2025年5月22日)