変わる前に、からだが知らせてくれること
2025年10月28日 20:53
前回は、「変わりたい自分」と「変わりたくない自分」について書きました。今回は、「変わりたくない自分」が顔を出したとき、私たちの内側でどんな反応が起きているのかを、丁寧に見つめていきます。
からだが語る「変わりたくない」のサイン
「変わりたくない自分」が出てきたとき、「このまま変わっても大丈夫なのか」という潜在意識の声だけではなく、身体症状としてからだに表れる場合があります。
例えば、頭痛や動悸、視力や聴力が低下するといったかたちで、からだが何かを訴えてくることがあります。
なぜ、からだが訴えてくるかというと、からだがトラウマを受けたときのことを感覚として思い出すからです。これはフラッシュバックとは違います。
フラッシュバックとは、過去のトラウマ体験を、まるで「いま・ここ」で再び起きているように感じ、恐怖や苦痛を再体験する現象です。しかし、このとき出てきている症状は、出来事自体を思い出して起こっているのではなく、からだが記録している過去のトラウマ時の反応が出てきているのです。
では、この症状は、どうして出てくるのでしょうか?
症状とトラウマのつながり
例えば、過去に家庭内でDVや虐待があった場合、恐怖に対して頭痛・動悸などの症状が出るとか、見たくない光景に対して視力が落ちる、罵声を聞きたくないために聴力が低下するといった症状が起きます。
親から執拗なコントロールを受けていた場合、「聞きたくない」という無意識の願いが、聴力の低下というかたちで表れることもあります。
自分が、どういったトラウマがあったのか、その時にどう反応していたのかということに直結する症状が出てくるのです。
私の場合は、左側の軽度の感覚異常と筋力低下、頭痛、味覚異常、眼性疼痛、聴力低下、下痢、腰痛、膝痛などを引き起こしました。左側の軽度の感覚異常と筋力低下は、幼少の頃、自転車で左側からの車と衝突の際に受けた衝撃トラウマが原因でした。その他は、家族からの心理的虐待によるものでした。
これは何を意味しているかというと、何十年も前に受けたトラウマに対して、自分が思った以上に、からだがさまざまな衝撃を受けていたということです。
このように、トラウマを受けたときの感覚はそのまま残っており、からだを解放させてあげなければトラウマは終わらないということです。
守ってくれていた存在の声
この出てくる症状は、別の意味も含んでいます。それは、前回にも少しお話ししたように、からだの中で子どもの自分を世話をするように守っていた者が、自分の役目を取られまいとすることから起こるのです。
「私がこの子を守ってきたの。もしその私を追い出そうとするなら、こんなに痛みが出てくるのよ。だから、私を追い出さないで」とからだの奥で必死に訴えているのです。自分が変わると、自分が追い出されていると思っているのです。
この守っている者は、全身全霊で守ってきました。だから、前回も言ったように、「ありがとう」と守っている者に対して言うのです。それだけでなく、今の自分はもう大人になっている、ということに気づいていないので、大人になっていることを「ありがとう」と共に気づかせてあげることが必要です。そうすれば、次第に納得して症状は消える方向へ動いていきます。
守りと変化の矛盾
トラウマになると、このように、生きるために自分を守ってくれている者が必ずいます。これは生きる戦略なのです。
言い換えると、この自分を守ってくれる者がいるお陰で、トラウマを受けても生きながらえているのです。だから、この守ってくれている者を邪険に扱ってはならないのです。
しかし、変わるためにはこの守ってくれている者もいなくなる必要があります。矛盾しているようですが、当たり前のことと言えば当たり前なのです。
症状は変化の「通過点」
こうした症状は、変化のプロセスの中で現れる「通過点」でもあります。だから、セッションを受けていて何か症状が出てきたら、「自分が変わり始めている」と思っていただいて構いません。
ただ、この症状がすべてセッションを受けたためであるとは、必ずしも断言できないので、症状が出た場合は、必ず医療機関の受診をお願いします。受診した結果、どこも悪いところがなければ変化の過程である可能性が高いです。
辛いだけじゃない、変化の中の光
「この辛い過程を過ぎないと変われないのか」と思われるかもしれませんが、辛いことばかりではありません。「今までよりも声が出せるようになった」「身体が軽くなったように感じる」といったことも出てきます。
必ず何かしらの良い反応と辛い反応が同時にやってきます。けれども、辛いことのほうが多く感じられてしまうときには、辛い反応ばかりが出てきたように思えてしまうのです。
セッションを続けていると、その比率が逆転していきます。その過程も一緒に楽しんでいただくと、なお良いのですが、なかなかそうはなりにくいですね。
乗り越えるための安心の手立て
この症状を乗り越えるためには、自分自身がホッとできる空間で、生きる上で良い気分になれるもの―イメージでも思い出の品でもいいです―そういったものを感じることが、乗り切る手立てとなります。辛いと思ったときに「この良いものを思い浮かべる」それだけで解放に向かいます。
焦らず、ゆっくりとやさしく自分と共にいてください。
それが「新しい未来」への懸け橋となります。
信暁(2025年10月28日)